介護現場のリーダー・管理職を育てるにはどうすればよいでしょうか?
私のもとに介護サービス事業者の皆さんから最も多く寄せられる悩みが、「マネジメント層の育成」です。そこで今回は、介護分野のマネジメントの現状と課題について考えてみたいと思います。【山口宰】
◆ ケアのプロ=優れたリーダー、ではない
ここ数年、介護分野のマネジメント層を対象としたセミナーや研修の講師に呼ばれる機会が非常に増えてきました。ようやく、マネジメントの重要性が認識されるようになってきたと感じています。
昨年度の介護労働安定センターの調査によると、介護業界の平均勤続年数は7.6年で、産業計(11.9年)と比較すると短くなっています。このため現場では、前任者の急な退職や配置転換により、十分な教育を受けることなくリーダーや管理職になるというケースがしばしば見られます。
もちろん、ケアについては十分な知識や経験があるので、スタッフからの質問に的確に答えたり、指導したりすることはできるでしょう。日々の書類の作成や定例カンファレンスの開催などについても、マニュアルや前任者からの引き継ぎで仕事をこなすことができるかもしれません。
しかし、「ケアのプロ=マネジメントのプロ」ではありません。
スタッフをどう育てるのか、スタッフの強みをチームの中でどのように生かすのか、チームの力をどうやって引き出すのか − 。こういったマネジメントに関する教育を受ける機会が、介護分野では残念ながらほとんどないのが現状です。
ある日、突然任命されたリーダーは、当初はやる気に満ちあふれ、先輩リーダーをお手本にスタッフの話を丁寧に聞き、上司からの期待に応えるべく指示をこなし、ケアマネやご家族との対応も的確に行い、順風満帆なスタートを切ります。
しかし、指示に従わないスタッフにどう対応すればよいのか、マネジメントと現場の仕事のバランスをどう取ればよいのかなど、多くのリーダーが壁にぶつかることになります。
その時に、武器となるのがマネジメントの知識です。経験や勘に頼るばかりではなく、データや根拠に基づいたエビデンス・ベイスド・ケアが重視されるのと同じように、マネジメントも理論に基づいて実践される必要があるのです。
◆ なぜ重視されてこなかったか
ではなぜ、これまで介護分野ではマネジメントが重視されてこなかったのでしょうか。私は、業界特有の3つの要因があると考えています。
(1)マネジメント教育を行う余裕がない
介護分野の有効求人倍率は3.60(2021年)であり、コロナ禍でやや状況は改善したものの、依然として深刻な人手不足が続いています。事業者の皆さんはスタッフを採用し、育成し、日々の業務を回すことで手一杯なのが実情ではないでしょうか。現場で最も必要とされるのは、介護技術やコミュニケーション能力といった、利用者の直接的なケアに関わるスキルであるため、やむを得ずマネジメント教育は後回しにされがちな状況です。
(2)モチベーションにつながらない
介護労働安定センターの調査によると、「今後の上位の職位志向」について、「今のままでよい」が80.0%を占める一方で、「より上位の職位を目指す」が18.7%となっています。「ポジションが上がっても給与はそれほど上がらない」「出世すると仕事の負担が増える」などの理由で、現状維持を望む声が大きくなっています。このため、上を目指すためにマネジメントスキルを身につけようというモチベーションが上がらず、マネジメント層の育成が広がらないという実態があります。
(3)育成方法が確立されていない
マネジメント教育の必要性を理解し、いざ実践しようとしても、「どのように行えばよいか分からない」という相談を受けることが少なくありません。企業の一般的なマネジメント教育をそのまま介護分野で実施するだけでは、十分な効果を得られない可能性があります。今後、介護分野に合ったマネジメント教育の方法論を更に追求していくことが求められるでしょう。
◆ マネジメント層を育成するために
でも、悲観することはありません。初めて介護現場に入った人にケアができないのと同じように、十分な教育を受けていない人にマネジメントができるはずもありません。
マネジメントについて学び、スキルを身につければ、必ず誰もがリーダーや管理職として活躍することができる − 。私はそう考えます。
今から約20年前、私の運営する法人では、増加する介護ニーズに応えるため、新規事業所を相次いでオープンさせました。介護人材の確保には今ほど苦労しませんでしたが、組織が急拡大したことにより、マネジメント人材の確保、マネジメントに関する経験・能力の不足という問題に直面しました。
そこで、次世代を担うマネジメント層を育成するため、2007年より「若手リーダー育成研修」を毎月1回実施してきました。継続的に学びたいという意欲を持っていれば、ポジションや経験、所属団体などに関係なく受け入れた結果、「将来リーダーになりたい」「より上のポジションを目指したい」というスタッフが、施設や法人の枠を超えて集まりました。
上昇志向のあるスタッフが切磋琢磨しながら学ぶ場ができたことにより、スタッフ間にも良いライバル意識が芽生え、モチベーションアップにもつながっていきました。
研修テーマは多岐にわたります。リーダーシップやコーチングの理論から、会議法やセルフマネジメントといった実践的な技能、ロジカルシンキング(論理思考)やラテラルシンキング(水平思考)などの思考法、そして呼吸法から発声法まで、マネジメントに関連するスキルであれば何でも取り入れていきました。
時には、他の業界で活躍するリーダーを講師にお招きし、実践に基づいた経験を学ぶ機会を設けたりもしました。
その結果、研修に参加していたメンバーから、ユニットリーダーや管理者・生活相談員、そして施設長が誕生していきました。最初は人前で自分の意見を発表することすら恐がっていたスタッフが、堂々とチームを率いて仕事をしている姿を見るにつけ、マネジメント教育の重要性を再認識させられています。
◆ 良いリーダーとなったその先に…
「マネジメントの父」とも称される、経営学者P.F.ドラッカーは、著書の中で、「リーダーたることの第一の要件は、リーダーシップを仕事と見ることである」と述べています。
マネジメントスキルを学び、それに基づいた実践を積み重ね、その結果を評価し、次のアクションにつなげる − 。この「仕事」に向き合うことが、素晴らしいリーダーや管理者になるための第一歩です。
リーダーや管理職になることの醍醐味は、「自分の理想とするケアやサービスを実現できること」ではないでしょうか。これからも、現場で奮闘するみなさんのチャレンジを応援していきたいと思います。