◆ 制度改正の議論は大詰め
介護保険制度の見直しを協議している社会保障審議会・介護保険部会では、年末の取りまとめに向けて、議論がいよいよ大詰めの段階となっています。【高野龍昭】
その見直し議論のポイントは、いずれにしても「保険給付範囲の縮小」と「利用者負担の拡大」の2つに集約されますが、そこには、人口減少の問題とともに、厳しい経済情勢が影を落としているというのが私の見方です。
そもそも、介護保険などの社会保障制度は「所得の再分配」「富の再分配」によって成り立つものですから、経済情勢に大きく影響されます。そこで、その経済情勢の厳しさをいくつかの指標を使って確認しておきたいと思います。
◆ 近年の経済情勢
1)政府の一般会計
介護保険の財源の約25%は、国の一般会計から公費が充てられています。その一般会計の状況の一端を図1に示しました。
歳入に充てられている税収(青い折れ線)と歳出(赤い折れ線)は、80年代まではさほど差がなく推移をしていましたが、バブル経済崩壊後の90年代から税収が下ぶれする一方、歳出は少子高齢化に伴う社会保障費の増大を主因として拡大する傾向が続き、今日に至っています。
つまり、大幅な赤字財政が約30年にわたって続いているのです。その結果、赤字穴埋めのために発行した公債(紫色の棒グラフ)の累積残高は1000兆円を超えています。
こうした財政状況のなか、社会保障の給付費増大に警戒感が強まるのは、致し方ないのかも知れません。
特に2020年度以降は、コロナ禍に対する緊急的な施策のために歳出が突出しており、税収は増えていても、赤字幅が一層大きくなっています。この歳出増には多額の公債を充てており、こうした債務は後年の負債として問題となるはずです。
2)GDP(国内総生産)
GDPは、その国で生み出された「富の総額」とされる数値(金額)です。その国全体の「経済の力」を表すデータと言え、その推移は景気や国の力を示すものとして各方面で注目されます。近年のわが国の推移を図2に示しました。
リーマン・ショック後の様々な経済政策で、2010年度以降のGDPは堅調に推移していましたが、やはり2020年度にコロナ禍の影響で大きく減少し、前年比で約▲4.7%となっています。2021年度もさほどの回復は示されていません。
通常、社会保障費はGDPと相関する関係にありますから、これほどのマイナス成長のもとでは、社会保障の給付費増大は抵抗感を持って受け止められることになります。
3)消費者物価指数
今年に入ってからの物価高騰も気になるところです。所得や給与が増えない中での物価高騰は、企業や被保険者の保険料負担への抵抗を強めます。その物価(消費者物価指数)の昨年からの推移を図3に示してみました。
2020年の半ばまでは、以前からの物価下落の傾向を引きずった状況にありましたが、20年末ないしは21年初めからは急に上昇をみせ、まさに「高騰」という状況に変化しています。
こうした状況下では、企業や被保険者の保険料負担を高めるような施策はとりにくくなります。
◆ 政治的判断と国民の合意が必要
わが国はこうした厳しい経済情勢のなかで「2025年問題」を迎えようとしており、さらに「2040年問題」にも早晩直面することになります。
経済情勢が良くなければ、「所得の再分配」「富の再分配」は否応なく縮小され、政府・自治体の財政状況が悪ければ、社会保障の公費負担にもブレーキがかかります。そして、経済のマイナス成長や所得拡大を伴わない物価高騰のなかでは、企業や被保険者に保険料負担の増大を求める施策は講じにくくなります。
この意味では、後期高齢者人口が増えていく・現役世代が減少していく中での介護保険制度は、「手詰まり」となっていると言ってもよいでしょう。
これを打破できる手段として考えられるのは、介護保険制度や社会保障制度を最も重要な政策だと位置付け、厳しい経済情勢の中であっても財政負担の拡大を促し、国民負担を求めることを認めるような政治的判断が下されることのほかはないように思います。そして、そこに至るには、それを後押しする国民的合意・理解が必要です。
逆に言えば、それらがない中での介護保険制度の見直しは、誰が政策・施策の舵を取るとしても、「保険給付範囲の縮小」や「利用者負担の増大」などしか打つ手がない、という状況に陥るのは自明のことです。
限定された財源の中だけで介護保険制度の差配をするという、「コップの中での嵐」にとどまる限り、この状況を変えることはできないでしょう。介護保険制度のブレイク・スルー(障壁を打破して局面を劇的に変化させること)のためには、その「コップ」を壊して大きくするといった政策判断や国民的合意が欠かせません。