【高野龍昭】介護の生産性向上の必要性と必然性 実現への課題 国のプランから見えること


1.はじめに
前回のこのリポートでは、わが国の人口動態(推計)と社会保障に内包されている固有のシステム(「社会的装置」)から考えると、近い将来、どのような手段を講じたとしても、介護人材の確保は限界を迎えることを述べました。
そのうえで、生産性向上推進の施策と介護職員の処遇改善の施策の重要性が高いことについて触れました。今回のリポートでは、そのうちの「生産性向上推進の施策」について考えてみます。【高野龍昭】
2.生産性向上推進策の経緯
① 介護現場革新会議
介護サービス分野での生産性向上推進に関する議論が活発になったのは、2018年12月、厚生労働省老健局に「介護現場革新会議」が設置されたことが端緒と言ってよいでしょう。今から7年以上前のことになります。
この会議の意見を取りまとめた「基本方針」では、「介護サービス事業所・施設が、今後、より質の高いサービス提供を目指すには」「人手不足の中で、地域における安心の担い手としての役割を果たし続けるためには」という命題を掲げ、それに応えるために、以下の3つの課題への取り組みを求めています。
この基本方針は2019年3月に示され、その後すぐ、社会保障審議会介護給付費分科会などでの議論の素材となりました。
(1)人手不足の中でも介護サービスの質の維持・向上を実現するマネジメントモデルの構築
(2)ロボット・センサー・ICTの活用
(3)介護業界のイメージ改善と人材の確保
② 医療・福祉サービス改革プランから、生産性向上推進体制加算などへ
これに加えて注目すべきものは、2019年5月に厚労省が示した「医療・福祉サービス改革プラン」です。このプランは、2018年10月に設置された「2040年を展望した社会保障・働き方改革本部」の中に設置されたプロジェクトチームが取りまとめたものです(詳細は後述します)。
私は、このプランが2021年度と2024年度に施行された介護保険法改正・介護報酬改定に大きな影響を及ぼしたと考えています。
具体的に言えば、2021年度の法改正では、医療・介護のデータ基盤の整備(LIFEの創設など)や社会福祉連携推進法人制度の創設などに、同年度の報酬改定では、見守り機器を導入した場合の夜間における人員配置の緩和、会議や他職種連携におけるICT活用の導入などにつながったと言えます。
また、2024年度の法改正では、介護情報基盤の整備(2026年度施行見込み)に、同年度の報酬改定では、生産性向上推進体制加算の新設、特定施設における人員配置基準の特例的な柔軟化、ケアプランデータ連携システムの利用推奨を含む居宅介護支援の逓減制の見直しにつながったことは間違いありません。
こうしてみると、このプランが今の生産性向上推進施策のバックボーンとなっていることに気付かされます。
また、このプランは、2040年を意識しつつも、おおむね2025年までの施策の方向性について示しているものですから、今後1〜2年のうちに後継策となる新たなプランが策定されるはずです。そして、その後継プランが2030年代初頭までの介護保険法改正・介護報酬改定に影響を及ぼすことは間違いありません。
3.医療・福祉サービス改革プランの内容
そこで、あらためてこのプランの内容を確認してみましょう。まず、基本的方向性と目標は次のように示されています。
◯ 以下の4つの改革を通じて、医療・福祉サービス改革による生産性の向上を図る。
① ロボット・AI・ICT等の実用化推進、データヘルス改革
② タスクシフティング、シニア人材の活用推進
③ 組織マネジメント改革
④ 経営の大規模化・協働化
◯ これにより、2040年時点において、医療・福祉分野の単位時間サービス提供量について5%(医師については7%)以上の改善を目指す。
この①から④に関する推進策が今後も継続・拡大されることは言うまでもありませんが、私が最も注目しているのは、生産性向上の「数値目標」が「単位時間サービス提供量」を指標として明示されていることです。
プランの中では、単位時間サービス提供量が次のように説明されています。
「医療・福祉分野のサービス提供量÷従事者の総労働時間」で算出される指標。テクノロジーの活用や業務の適切な分担により、医療・福祉の現場全体で必要なサービスがより効率的に提供されると改善する。
これを介護サービスに関して図式化すると、次のように示すことができます。

今後の介護保険制度・介護報酬は、言わばこれを実現させるための改正・改定が順次行われていくでしょう。そのことを、私たちは理解しておかなければなりません。
また、こうした生産性向上が推進・達成されれば、同じ労働時間でサービス提供量(≒介護報酬)を増やすことができるわけですから、間接的に介護分野の給与水準の向上につなげられることも理解しておく必要があります。
なお、この単位時間サービス提供量の改善に関する2040年の数値目標については、別の詳細な資料で次のように示されています。
「まず、介護サービスの全類型において3.3%の生産性向上を達成可能として試算し、そのうえで、上乗せ部分として、施設・居住系サービスではさらに1.9%の生産性向上が可能として試算すると、合計で5.1%の効率化が可能」
これは、訪問系サービスなどでは生産性向上の難易度が高いことを反映していると考えられ、その分、施設系サービスでの向上を期待しているものと言えるでしょう。
4.プランの「指標」「数値目標」をどう考えるか
前回のこのリポートで示したとおり、わが国での介護人材の確保・拡大には一定の限界があると考えられます。これを踏まえると、それを補う方策として、医療・福祉サービス改革プランなどで示される一連の生産性向上施策は極めて重要です。そして、事業者・施設、そして介護サービス従事者は、これにしっかりと対応することが不可欠です。
そのうえで、私はこのプランで示されたことについて、3つの指摘をしておきたいと思います。
1点目は、数値目標の不十分さです。私は1年ほど前に、ある論説文で「単位時間サービス提供量の5%以上の改善を目指すという目標では明らかに不十分であり、これを大幅に超える生産性向上を目指すべき」と指摘しました。生産年齢人口の減少の加速などから考えると、2040年には25%程度の生産性向上が実現されなければ、地域の介護ニーズに対応できない状況に追い込まれるのではないでしょうか。
2点目は、指標の設定・定義についてです。国際的には、介護サービスなどのLong Term Careの目的・アウトカムは「生活の質 Quality of Life の向上」と認識されています。したがって、本質的には「サービス提供量÷従事者の総労働時間」で生産性向上を測るのではなく、「介護サービス利用者のQOL向上の量的数値÷従事者の総労働時間」で測るべきです。
もちろん、これはアカデミアの立場からの指摘であり、数値で測ることが難しいQOLをKPI的な指標に組み込むことは、現実的な施策として成立しにくいものとも考えています。
最後に3点目は、生産性向上の実現可能性です。介護サービスは他分野と比べて間接的業務を専門職が多く担っていることや、ICT化が遅れているなど、生産性向上推進の余地・必要性は大きいと考えられます。
しかし一方で、直接的業務は極めて労働集約的なサービスであり、ICT/DX化やロボットの利活用の拡大でどれほどの生産性向上を図ることができるのか、現時点で十分に明確化されているわけではありません。実際、2015年に発表された国内最大手のシンクタンクと海外の大学の共同研究の報告では、「人工知能やロボット等による代替可能性が低い100種の職業」の中に、「社会福祉施設介護職員」「ケアマネージャー」が含まれています。
こうした意味で、前述の数値目標(私が考えるものを含む)を達成できるか否かは、今後の実践や研究に委ねられる側面が大きく、チャレンジングな取り組みとなります。