【高野龍昭】介護職員の減少は不可避な局面なのか 人材確保を阻む「社会的装置」
1.「介護職員数が初の減少」の衝撃
厚生労働省は昨年12月25日、2023年度の介護職員数(全国)が212万6千人となり、前年度(2022年度)と比較して2万9千人減少したことを発表しました。【高野龍昭】
これは、介護保険制度が始まった2000年度以降で初めてのことであり、驚きの声とともに、これまでの介護人材確保策への批判がメディア各社で報じられています。
しかし、私はこれに何の驚きもありません。かねてから、私自身は介護人材・人員数の「拡大には限界がある」「需要があることのみをもって際限なく増やすこともできない」と指摘し、遠からず介護職員が減少する局面に入り、それは不可避な現象であると考えていたからです。
もちろん、1年間の変化だけで確定的なことを言うべきではなく、数年程度はその推移を見るべきです。しかし、何年か後に「介護職員数は2022年度をピークとして減少局面に入った」と顧みるときが来るのではないか、とも懸念しています。
今回は、このことについてマクロ的な視点から述べてみたいと思います。
2.これまでの介護職員数の推移
(1)介護職員の増加
厚生労働省のデータを確認すると、介護保険制度が施行された2000年度の介護職員数は全国で54万9千人と報告されています。その後、2002年度に72万4千人となり、2005年度に100万人を超え(108万6千人)、2018年度には200万人を超えています(203万人)。
そして、2022年度には215万4千人に達しました。その人員数は2002年度からの20年の間に約3倍の増加率を示していることになります。
この伸び自体が介護ニーズの拡大という需要に十分に応えていたか否かは別として、人員数自体は順調に伸びてきたと言ってよいでしょう。
(2)他業種の従事者の伸び悩み
他業種の従事者の人員数について総務省の調査データでみてみると、たとえば、自動車運転従事者(トラックやバスなどの運転士)は2002年に177万7千人だったものが、2012年に168万1千人、2022年には155万3千人と、同じ20年の間に13%ほどの減少を示しています。
一方、情報処理者(PCやIT関連の技術者)は、2002年に91万7千人だったものが2012年に116万2千人、2022には196万9千人と増加しており、同じ期間の伸びは約2.1倍となっています。
いずれも社会的に必要とされるとともに、政策的にも重要視されてきた職種ですが、同期間の人員数の伸びは介護職員がはるかに上回っています。このことは、介護分野における政策的な人材確保策だけでなく、各事業者の人材確保の取り組みの方向性が誤ってはいなかったと評価できるデータです。
なお、わが国の生産年齢人口(15-64歳の人口)の推移を総務省のデータで確認したところ、1995年度をピークとして減少局面に入っており、2002年度は8570万6千人だったものが、2012年度には8017万5千人、2022年度には7420万8千人となっています。これは、生産年齢人口が20年間に約14%減少したことを示しています。
このことから考えても、これまでの間、継続して介護職員を増やし続けてこれたことは、官民ともに一定程度の効果的な取り組みが行われたと判断してよいと考えられます。
3.介護職員を増やし続けることのできない「社会的装置」
(1)「医療・福祉」分野での有業者の増加
では、今回の厚生労働省の発表で介護職員が減少したことはどのように受けとめればよいのでしょうか。
それについて、まず下図をご覧ください。この図は総務省の調査データを確認し、1997年度から2022年度の5年ごとの実績値をもとに私が作図したものです。
青い棒グラフは各年度の「有業者総数」(収入を得ることを目的として仕事をしている者の総数)を表し、緑の棒グラフは「医療・福祉」の有業者数を表しています。そのうえで、「有業者総数」に占める「医療・福祉」の有業者数の比率を算出し、赤い折れ線グラフでその推移を示しました。
これを見ると、有業者総数は多少の増減はあるものの、25年間にわたって概ね6600万人前後で推移していることがわかります。一方、医療・福祉の有業者数は伸び続けており、25年間で約2.3倍に増えていることが示されています。
生産年齢人口が減少局面に入っている1997年以降も有業者数が減少していない主な要因は、女性や高齢者の就業率が高まっていることなどによるものと考えられます。
また、医療・福祉の有業者数が伸びている主な要因は、人口構造の少子高齢化に際し、医療・介護や保育・障害福祉分野への公的な支出(社会保障関係費・社会保障給付費)が政策的に増やされ、それに基づく事業が拡大したためと考えられます。
そのため、医療・福祉の有業者が有業者総数に占める比率は、1997年に約6%だったものが2022年に約13%へと増加し、25年間で約2.3倍となったと言えます。
このことは、私たちのように高齢者介護など社会保障分野に身を置き、高齢者支援の重要性を認識している者にとっては、非常に望ましい事象だと言えます。
(2)「医療・福祉」の有業者を増やし続けることはできない
しかし、今後のわが国で、医療・福祉の有業者を増やし続けることはできるのでしょうか。結論から言えば、それは困難なことのはずです。いかに高齢者介護・医療のニーズが増加するとしても、おそらく不可能です。
その理由は、生産年齢人口の減少だけではありません。むしろ、そのことよりもわが国のマクロ的な社会・経済システムにあります。前述した図に戻ってそのことを説明してみましょう。
わが国は自由主義・資本主義の経済システムを採っています。このシステムのもと、介護・福祉・医療などの社会保障は「国民皆保険・皆年金」など、ニーズのほとんどを公費(税)と保険料で賄う仕組みを基本としています。
このことは、「有業者総数」全体をはじめとする国民の「所得や富」から、税・保険料を拠出する「再分配」によって、「医療・福祉」の事業(経営)を成り立たせる原資を得て、そこで従事する「医療・福祉」の有業者を確保するほかないことを意味します。
その「再分配」による事業に従事する医療・福祉の有業者は、これまでその比率を順調に伸ばし、2022年時点で有業者総数の約13%に達しています。
しかし、この先、たとえばそれを30%に達する水準にすることができるでしょうか。間違いなく無理でしょう。「再分配」をそこまで手厚くできるはずはなく、それには一定の限界があるからです。
これを私は「介護職員などの医療・福祉の有業者を増やし続けることのできない『社会的装置』」だと考えています。
医療・福祉の有業者の比率をどこまで引き上げることができるのか、といった高度な専門的推計については、労働経済学や計量経済学などの学識者の知見に委ねるほかありません。ただ、私自身は、15%から20%前後が限界だろうと感覚的に考えているところです。
さらに、もしかしたら、2023年度に介護職員数が減少に転じたことは、その限界の兆しを示しているのかもしれない、とすら考えています。
4.介護職員を増やすための処方箋
介護サービスの経営者・実践者の多くは、さらに学識者の多くは、介護人材確保について「給与を上げて処遇を改善することが必要」とばかり主張しているきらいがあります。現場の厳しい状況を踏まえると、それは当然のことです。
しかし、前述のことから、それだけで人材確保策の決め手とはならないことも理解していただきたいと思います。
率直に言えば、いくら給与をあげようとも介護人材が確保できなくなる時期、あるいは給与のあげようのない時期が到来することは、このままの状況が続けば、そう遠くないかもしれないということも、冷静に理解しておくべきです。
しかしながら、今後当面の間、それにどのように対処すべきかという処方箋は、介護職員の処遇改善や生産性向上の施策の拡大などしか存在しないとも考えています。
そこで、次回のこの介護ニュースJointの記事では、その点についてミクロ的な視点から考察してみたいと思います。