【天野尊明】半端な介護職の賃上げ支援、政府に届かなかった現場の思い 処遇改善加算は本当に必要なのか
政府が11月22日に閣議決定した新たな総合経済対策、そして11月29日に閣議決定した今年度の補正予算案を、皆さんはどのようにご覧になったでしょうか。【天野尊明】
特に物価高への対応や介護職の賃上げを求めて、これまで介護業界の内外から多くの声があがっていました。その中で、例えば下記のような不明瞭な書きぶり、ファジーな補助金の仕組みが政府から示され、大いに困惑した(というか拍子抜けした)方が少なくなかったのではないでしょうか。
■ 新たな総合経済対策(抜粋)
「足元の人材確保の課題に対応する観点から、令和6年度報酬改定において講じた医療・介護・障害福祉分野の職員の処遇を改善するための措置を確実に届け、賃上げを実現する」
「生産性向上・職場環境改善等による更なる賃上げ等を支援する」
■ 今年度補正予算案(厚労省資料より)
「処遇改善加算を取得している事業所のうち、生産性を向上し、更なる業務効率化や職場環境の改善を図り、人材確保・定着の基盤を構築する事業所に対し、所要の額を補助する」
また、11月26日の経済財政諮問会議で公表された来年度の予算編成の基本方針でも、医療・介護分野の賃上げを支援する意向が示されました。ただ、政府はここでも、あくまで「ロボット・ICT機器の活用を通じた生産性向上・職場環境改善による更なる賃上げを支援する」といった書きぶりをしています。
経済対策同様、賃上げのテコ入れを本格的に図ろうというものではなく、つまりは生産性向上や職場環境改善などによる「賃上げ効果」を目指す、という趣旨になっています。皆さんはこれで、例えば具体的に「収入を3%程度(月額9千円)引き上げる措置を(略)講じる」とした2021年の経済対策とは、造りも温度もまるで違うことにお気付きになったのではないでしょうか。
この背景には、11月22日に財務大臣の諮問機関である「財政制度等審議会」がまとめた建議で示された、下記のような見解が強く影響しているように感じます。
■ 財政審建議(財務省資料より)
「介護人材の人手不足については、引き続き厳しい状況にあるなか、足下では入職超過となり、離職率は低下している」
「高齢化・人手不足等を理由とした倒産が増加する一方で、新設法人は増加を続けており、差し引きで介護事業者は増加している」
つまり政府は、「人材不足といっても離職超過は解消したし、倒産が最多でもそれ以上に参入が多いから問題ないよね」という認識を持っているようです。財務省はおろか、厚生労働省もこれを押し返すほどには業界の窮状をシリアスに受け止めなかった、と言えるのかも知れません。
◆ いつまで加算にこだわるのか
さて、前述した諸々で掲げられている「生産性向上・職場環境改善による賃上げ」は、まさに処遇改善加算で強く推奨されている方向性に他なりません。実際、今回の補助金は処遇改善加算の取得促進を軸としたものになっています。
これに呼応するように、事前段階で複数の大手団体から「人材確保のための財源」としてその要件緩和を緊急に求める要望書が提出されていたことを、記憶されている方も少なくないと思います。
もちろん、補助金はあるに越したことはありません。ただ今回の政府方針は、少なくとも当面は「きちんと加算を取得して賃上げ頑張ってね」と突き放すようなものです(*)。これを主要団体が受け入れた結果となった事実を見れば、業界側の発信が本当に適切だったのかどうか、改めて検証が必要なのではないかと思います。
* 現行の処遇改善加算は今年度からの2年分を措置しているとされ、次は政府として2026年度からどんな対応をとるのかが注目される。
この処遇改善加算ですが、2009年度の補正予算で政府が交付金を措置し、月額1万5千円の賃上げを図ったことから始まりました。当然ながら、一定の自由度がある介護報酬の使途を賃上げに絞る意図があり、その後の加算化、要件の複雑化を経ていまに至る15年の歴史があるわけです。
ただ、1人あたりの賃金まで公表せよというほどに経営の見える化が図られ、事業者は然るべき賃上げを具体化していなければ競争力を維持できない現状において、そもそもこうした加算の枠組みにいつまでもこだわる必要があるのでしょうか。
生産性向上や職場環境改善を促すためのインセンティブをどこに置くかは重要ではあります。ただ、措置制度から介護保険制度へと移行して4半世紀を迎えようといういま、各サービスの基本報酬で事業所にしっかりと経営体力を持たせたうえで、競争や淘汰の仕組みに質を委ねるという考え方も、ある程度推進していくべき時なのではないでしょうか。