「私たちはもっと介護職を大切にできる」 総理大臣賞の特養が“職員ファースト”に込めた思い
「利用者ファーストのための職員ファースト」。
これを理念に掲げる特別養護老人ホーム「六甲の館(神戸市)」が今年、介護現場の働きやすい職場環境づくりで内閣総理大臣表彰を受賞した。【Joint編集部】
高く評価されたのは、職員の心身の健康を守るための行き届いた配慮。またはそれを追求していく姿勢だ。
深刻な人手不足で介護業界に暗雲が漂うなか、施設の運営を牽引する社会福祉法人弘陵福祉会の溝田弘美理事長は、歩んでいる道に確信を持っているように見える。インタビュー取材に応じ、次のように力強く語った。
「私も含め事業者の取り組みはまだまだ足りていない。私たちはもっともっと介護職を大切にできる」
■ 内閣総理大臣表彰の六甲の館の取り組みと成果の一例
◯ 理念は「利用者ファーストのための職員ファースト」
◯ 施設内に天井リフト30台を導入し、ノーリフティングケアを徹底。
◯ 見守り機器を100%活用。複数のタイプを導入しており、利用者の特性に最も合った機器をアセスメントで選定して使っている。
◯ ICT化、介護助手の配置、外部サービスの活用などを推進。外国人が働きやすい職場環境の整備にも注力。
◯ 腰痛ありの職員は56%から9%に。1夜勤中の平均訪室回数は6.3回から3.8回に。
◯ 年間の平均総残業時間は880時間から76時間に。平均有休取得日数は6.7日から9.9日に。
◯ 現在は職員が充足。人材確保は口コミ・評判、リファラル採用(*)がメイン。介護職員の求人媒体などにかけるお金は数百万円からゼロに。
* 職員らによる友人・知人の紹介など。
溝田理事長はインタビューで、「まだ全然満足していない」ときっぱり。「人手不足を嘆いていても仕方がない。職員の心身を徹底的に守る環境を作り上げれば、介護現場は必ずもっと良い職場として見られるようになる。私たちの取り組みも道半ばだ」と語った。
= 社会福祉法人弘陵福祉会・溝田弘美理事長インタビュー要旨=
−−「利用者ファーストのための職員ファースト」という理念の趣旨は?
以前、六甲の館は人手不足にかなり苦しんでいました。私は当時、今より多く現場に入って働いていたんです。
痛感したのは身体的なきつさでした。まだリフトなども十分に導入されておらず、とにかく負担が重かったんです。
そこで確信しました。
ご利用者様に最高のサービスを提供したいのであれば、まず提供する職員の心身が元気であって、楽しく働けるようにしなければならない。そうでないと介護の仕事は長く続けられないし、人手不足も一向に解決しない。
なんだか当たり前のことのようですが、その当たり前を実現できるようにしようと決めました。
そうした思いを表現したのが、「利用者ファーストのための職員ファースト」。収益確保など経営のためではなく、何よりご利用者様のために職場環境の改善に心血を注ぐ。それが私たちの理念です。
−− 複数の見守り機器を導入し、個々の利用者の特性に合ったタイプを使うようになった経緯は?
どの機器が最も職員の負担を軽減するのか、最もサービスの向上につながるかを追求し続けてきました。様々な機能・特徴を持った機器を試していくうちに、自然な流れで複数の機器を使うようになったんです。
追求は今もまだ続けています。全てのご利用者様に合う完璧な機器が登場するまで、この試行錯誤に終わりはないでしょう。
開発企業の皆様とのコミュニケーションも重要だと思っています。私は失礼のないように、機器の使い勝手の悪さや改善すべき点などを率直に伝えることを心がけてきました。
正直、革新的に見えても現場では役に立たない機器もあります。その時に「ここはこう変えられないの?」と言うと、真剣に受け止めて改善につなげてくれる開発企業さんがおられることは、とても有難いです。
現場側から積極的に情報を提供していくことで、素晴らしい完璧な機器が生まれるのが早まるかもしれません。そうした思いで開発企業さんにはたらきかけています。
−− これから目指すこと、描く未来のビジョンを教えて下さい。
いつか介護職を憧れの職業にしたいと思っています。そのために私たちができることは、とにかく働きやすい職場環境づくりに注力することではないでしょうか。
人手不足を嘆いていても仕方ありません。テクノロジーを有効に活用すれば、介護の仕事は劇的に楽になるんです。そうして生み出した余裕を、ご利用者様と向き合ってより良いサービスを提供する力に変えたい。仕事の楽しさ、やりがいも更に増すと思います。
六甲の館では、副業も含めて職員のより柔軟な働き方を認めていきます。きっとモチベーションアップや離職防止につながるでしょう。
職員の心身を徹底的に守る環境を作り上げれば、介護現場は必ずもっと良い職場として見られるようになるはずです。高齢になっても負担なく前線で働けるようにする、という視点も欠かせません。そうした施設にしていけば、きっと必要な人材を確保し続けられると考えています。
私たちの取り組みは道半ば。今なお不十分と言わざるを得ず、私はまだ全然満足していません。光栄にも内閣総理大臣表彰を頂き、すごく励みになりました。私は今まさに、一段と働きやすい職場環境づくりを絶賛研究中です。