【斉藤正行】介護事業者の倒産はなぜ急増したか 政府は追加支援策の検討を
民間調査会社の調査結果で、今年1月から5月までの介護事業者の倒産が72件と過去最多になったことが明らかにされました。【斉藤正行】
そのうち、半数近い34件が訪問介護の事業者でした。加えて、全体の8割近くが職員10人未満の零細事業者だったことも分かりました。この要因と背景、これからについて論考したいと思います。
◆ 厳しさを増す経営環境
倒産件数が増大している背景として大きいのは、物価高騰とコロナ禍の影響だと考えます。
直近の経営実態調査の結果をみると、介護事業所・施設の2022年度の収支差率は全サービス平均で2.4%。前年度比マイナス0.4%となり、収益悪化の傾向が明らかになっています。
訪問介護の収支差率は7.8%と高水準でしたが、これは集合住宅に併設されている事業所、大手法人の事業所、都心部の事業所などが数字を押し上げているとみられます。地方の小規模な事業所、地域に根ざして活動する事業所の収益環境は非常に厳しいと想定されます。直近の経営実態調査では、訪問介護事業所の4割弱が赤字という内訳も示されました。
物価高騰とコロナ禍の影響により、利用者の獲得や職員の確保が一段と厳しさを増していた中で、経費の増加も著しい状況となっています。補助金などによる公的な支援もありますが、事業者はマイナス分を満足にリカバリーできていません。
コロナの「5類」への移行後は、他産業の経済が回復して介護業界の有効求人倍率が悪化傾向にあります。介護業界は加えて、物価高騰に対する他産業の賃上げにも遅れをとる形となりました。
採用費や人件費の高騰が更なる収益悪化を招くとともに、人員確保の厳しさが極まっていることも、倒産件数の増大の大きな要因になっていると思います。
◆ 倒産件数、更に急増へ
このような厳しい経営環境が続くなか、倒産件数が最多となった直接的な契機が更に2つあると思います。
1つは、コロナ禍を受けた「ゼロゼロ融資(民間金融機関による実質無利子・無担保の融資)」の返済を迎える事業者が増えたこと。現在、返済措置期間の実質的な延長対応ができなかった事業者の資金繰りが悪化しています。
2つ目は、今年度の介護報酬改定で訪問介護の基本報酬が引き下げられたこと。これは心理的な影響も小さくないでしょう。
今回の民間調査会社の調査結果は今年5月分までで、4月の改定による収入減が直接的に影響した可能性は低いと思います。しかしながら、訪問介護のマイナス改定は今年1月の時点で発表されており、厳しい環境のなか辛抱して運営してきた小規模事業者が、将来を悲観して事業所の閉鎖・撤退の決断に至った可能性は十分あるでしょう。
いずれにせよ、「ゼロゼロ融資」と報酬改定による影響が本格化するのはこれからです。今後、倒産件数の更なる急増が見込まれるのではないかと大変危惧しています。
これまで書いたように、介護事業者の経営環境が厳しさを増していることは間違いありません。ただ一方で、倒産件数が最多になったという報告には少し冷静に分析すべき事情もあります。
それは、介護事業へ新たに参入する事業者の増加です。同じ民間調査会社のデータでは、昨年1年間に新設された介護事業者は3203社。5年連続で前年を上回っています。
確かに倒産件数は最多となりましたが、そもそも母数となる事業者の数が増えれば当然のこととも言えるでしょう。件数だけを問題視するのではなく、もっと倒産割合を考慮すべきだと思います。
介護事業所・施設の数は、事業所番号などから全体を把握することができますが、事業者については正確な数が把握できていません。データ整備も今後の重要な施策になろうかと思います。
また、新規参入の増加は更なる競争の激化を生み出すことにもつながります。そうなると必然的に、事業者は一層の経営努力を求められるようになるでしょう。
いずれにせよ今後、次の介護保険の制度改正・報酬改定に向けた議論が進められていくことになります。
ただ私は、3年後まで単に待っているだけでは不十分だと思います。政府には早急に、介護事業者に対する単年度ごとの追加支援策を検討して頂きたい。とりわけ、訪問介護の事業者に対する人材確保・定着に向けた対策を講じることで、事業者の将来不安を払拭する必要があるのではないでしょうか。