リーダーには誰もがなれる。大切なのは生まれ持った資質ではない。介護現場に理論を生かそう=山口宰
ビジョンに向かってチームを進めていくとき、大切になるのがリーダーシップです。でも、様々な人が働く介護の現場で、「どうやってリーダーシップを取ればいいかわからない」という方も多いのではないでしょうか。
今回は、そんなみなさんの道しるべとなるリーダーシップの理論についてご紹介したいと思います。【山口宰】
◆ いまなぜ、リーダーシップの理論か?
いま、介護現場の人材不足は深刻化しています。介護労働安定センターの調査でも、コロナ禍で減少していた介護現場の「人手不足感」が再び増加に転じています。
管理職やリーダーの研修に行っても、「人材育成にかける時間がありません」「毎日の仕事でヘトヘトになって、勉強をする余裕がないんです…」という声を聞くことも少なくありません。
でも私は、忙しいリーダーのみなさんにこそ、リーダーシップの理論が役に立つと思っています。
経験と勘だけで試行錯誤をしながらチームを率いていると、大きな壁にぶつかってしまったり、必要以上に遠回りしてしまったりすることが沢山あります。そんなとき、みなさんを最短距離でゴールまで導いてくれるのがリーダーシップの理論なのです。
◆ リーダーは生まれつきのもの?(リーダーシップ特性論)
「私なんかリーダーには向いていません!」
介護リーダーのみなさんの悩み事を聞いていると、このような声がよく聞かれます。小さい頃から、いつもクラスで目立つタイプの子がリーダーになっていたけれど、私はおとなしいタイプだったからリーダーには向いていない…。そう思っている人もいるかもしれません。
リーダーシップ研究の世界でも、かつては「リーダーシップとは生まれつき備えられた能力だ」と考えられていました。優れたリーダーに共通する個人的な資質や特性に注目したのが「リーダーシップ特性論」です。古くは古代ギリシャのプラトンの「国家論」、ルネサンス期イタリアのマキャベリの「君主論」などでも、リーダーの特性について語られています。
1930年代に入るとリーダーシップ研究が本格化し、「優れたリーダーとはどのような人物か」「リーダーとリーダーではない人の違いは何か」といった観点から、データを用いた分析も行われるようになりました。しかし、リーダーに備わっている資質がリーダーシップに影響を与えると考えられていたため、いかにそのような資質を持ったリーダーを見つけ出すか、ということが最大の関心事となっていました。
◆ レヴィンのリーダーシップ類型(アイオワ研究)
「リーダーは生まれつきリーダーである」というリーダーシップ特性論に対し、「リーダーは作られるものだ」という考え方のもと、有能なリーダーとそうでないリーダーの行動に注目したのが「リーダーシップ行動論」です。
「社会心理学の父」とも呼ばれるK.レヴィンは、リーダーシップのタイプを「専制型」「放任型」「民主型」の3つに分類しました。
専制型リーダーシップは、リーダーが意思決定を行い、作業手順の細部まで指示をするスタイル。短期的には高い生産性を得られますが、長期的にはメンバーの反感や不信感を招き、効果的ではありません。
放任型のリーダーシップは、現場の意思決定を全てメンバーに任せ、リーダーが関与しないスタイル。メンバーの士気は低く、生産性も低くなってしまいますが、レベルの高い専門家集団などにおいては効果を発揮します。
そして民主型のリーダーシップは、リーダーの援助のもとメンバーが意思決定のプロセスに参加するスタイル。メンバーのモチベーションは高く、集団の団結度が高まり、長期的に高い生産性を生み出すことができます。
この研究では、民主型が最も有効なリーダーシップスタイルであると結論づけられていますが、チームの状況や与えられたタスクによっては、他のリーダーシップスタイルが有効になるケースもあると考えられます。
◆ PM理論(三隅二不二)
日本生まれのリーダーシップ行動論として有名なのが、三隅二不二が提唱した「PM理論」です。
この理論では、リーダーの行動を「課題達成機能(P機能)」と「集団維持機能(M機能)」に分けて考えています。P機能はグループの目標達成や課題解決に関する機能、M機能は集団や組織の維持・強化に関する機能を指します。
P機能とM機能のレベルによって、
◯ 高い目標達成機能と集団維持機能を持つ「PM型」
◯ 課題は達成できるが集団をまとめる力の弱い「Pm型」
◯ 集団をまとめる力は強いが課題達成機能が弱い「pM型」
◯ 目標達成機能も集団維持機能も弱い「pm型」
の4つのリーダーシップスタイルに類型化されています。
このPM理論は、P機能・M機能を測定する尺度が開発され、日本国内の数多くの現場で検証されました。
その結果、集団を率いる上でP機能とM機能はどちらも大切な要素であり、互いに効果を高めるため、「PM型」のリーダーシップが最も効果的である、と結論付けられています。
みなさんのリーダーシップスタイルを見直し、P機能・M機能の両方をバランス良く高められるようにしてみましょう。
◆ コンティンジェンシー理論(F.E.フィードラー)
ビジネス界に大きなインパクトを与えたリーダーシップ行動論ですが、今度は「どのような状況でも常に効果を発揮するリーダーシップスタイル」は本当に存在するのか、という疑問点が生まれてきました。
これに対して、「効果的なリーダーシップスタイルは置かれた状況によって異なる」という前提から生まれたのが、「コンティンジェンシー理論」です。
これを提唱するフィードラーは、最も好ましくない同僚に対してどのように接するかというLPC(Least Preferred Coworker)得点を用いて、リーダーシップスタイルを高LPC得点の「人間関係指向型」と、低LPC得点の「タスク指向型」に分類しました。
また、「リーダーとメンバーの関係性」「タスク構造」「地位の力」の3つの要因から、リーダーが置かれる状況を、「コントロールしやすい状況」「中間的な状況」「コントロールしにくい状況」に整理しました。
そして、リーダーがコントロールしやすい状況、またはしにくい状況では「タスク志向型」が、中間的な状況では「人間関係志向型」が、高い業績を上げられることを明らかにしました。
この理論の登場により、リーダーシップ研究は変化していきました。リーダーシップスタイルは状況に応じて変化させるべき、とする「コンティンジェンシー・アプローチ」が主流になっていったのです。
◆ SL理論(P.ハーシー・K.ブランチャード)
一方で、P.ハーシーとK.ブランチャードは、チーム内の多様な人材に対して一律に指導するのではなく、フォロワーの成熟度合いに応じて適切なリーダーシップスタイルを使い分けることが効果的である、という「SL理論」を提唱しました。
この理論では、指示的行動と支援的行動を軸に、リーダーシップスタイルを
◯ S1=指示型リーダーシップ
◯ S2=コーチ型リーダーシップ
◯ S3=支援型リーダーシップ
◯ S4=委任型リーダーシップ
の4つに分類しています。
そして、フォロワーが新人(能力:低/モチベーション:高)の場合にはS1、少し成熟した段階(能力:中/モチベーション:低)ではS2、さらに成熟の進んだ段階(能力:中・高/モチベーション:中)ではS3、そして成熟度の高まった段階(能力:高・モチベーション:高)ではS4が有効としています。
介護の現場で、いまチームのメンバーがどの段階にいて、どのような指導を行うことが有効かを考えることは、ひとりひとりの能力を引き出すうえで大変有効です。また、リーダーシップスタイルを使い分けるトレーニングをすることは、リーダーの能力開発という点でも効果的でしょう。
◆ 理論は役に立つ
このように、リーダーシップの理論は、多くの研究者によって作り上げられ、様々なビジネスの場面で実践されてきました。今回ご紹介できたのはその中のごくごく一部ですが、みなさんがリーダーとして仕事をしていくためのヒントになってくれると思います。
K.レヴィンは、「よい理論ほど実践的なものはない」という言葉を残しています。みなさんがリーダーとして成長し、より効果的なリーダーシップを取ることができるようになるために、リーダーシップの理論を学んでみてはいかがでしょうか。