【山口宰】世はまさに過酷な“介護人材難時代” 生き残るために現場が必ずやるべき重要なこと
先日、2022年の出生数が前年比5.1%減の79万9728人となり、国立社会保障・人口問題研究所の想定より11年早く少子化が進んだというショッキングなニュースが報道されました。【山口宰】
支え手が減少を続ける一方、介護を必要とする高齢者は増加を続けており、介護現場での人材の確保は深刻な状況となっています。今回は、この“介護人材難時代”にどう立ち向かっていけばよいのか、改めて考えてみたいと思います。
◆ 介護人材不足の現状
介護労働安定センターの調査によると、従業員の不足感を感じていると回答した事業所は63.0%となっています。コロナ禍で他業種からの流入が増えたことにより、ここ数年は少し改善されていましたが、依然として多くの施設で「人手が足りない」状況が続いています。
2000年に介護保険制度が施行されて以来、介護を必要とする高齢者の増加に対応するため、介護施設などの定員数は増え続けてきました。特に、有料老人ホームの定員数はこの10年で3倍以上となり、特別養護老人ホームの定員数を超えるまでになっています。
それに呼応するように、介護職員数も右肩上がりに増加していきました。しかし、2015年に180万人を超えて以降、その伸びは鈍化してしまいました。2021年の時点で介護関係職種の有効求人倍率は3.64と、介護人材の激しい争奪戦が繰り広げられる状況となっています。
厚生労働省の試算によると、2040年に必要とされる介護職員数は280万人で、2019年と比較すると69万人増やす必要があるとされています。今後ますます、人材確保が難しい時代を迎えることとなるでしょう。
◆ 人材を確保するためには
2004年に私が高齢者施設を立ち上げたとき、オープニングスタッフの募集に対して今では想像できないほど多数の応募がありました。毎日十数件の採用面接を行い、残念ながら多くの方に不採用通知をするという状況でした。
しかし、介護職員の有効求人倍率の推移をみると、2010年に1.31まで下がったあとは、2014年に2.22、2017年に3.50、そしてピークとなる2019年には4.20を記録するなど、介護現場の人手不足は深刻化していきました。その原因のひとつとして介護職員の処遇の悪さが指摘され、介護報酬改定のたびに処遇改善が行われてきたことは、記憶に新しいところです。
では、どうすればこの“介護人材難時代”を乗り越えることができるのでしょうか。私が求人・採用についてのアドバイスを求められたとき、いつもお伝えするポイントをいくつかご紹介したいと思います。
【計画に基づく採用】
こちらの施設では、来年度、何人のスタッフが退職するでしょうか?
私がまずお聞きするのがこの質問です。「うーん、それが分かれば苦労しません」「来年度こそは1人も辞めさせません!」。大半はこのようなお返事が返ってきます。
まずは過去10年間のデータを確認してみましょう。退職者が多かった年もあれば少なかった年もあると思います。しかし、その変動をよく見ていくと、多くの年で似たような傾向があるのではないでしょうか。
例えば来年度、スタッフを3名増員したいのであれば、「3名+離職者数」を採用しなければ、「3名増員」にはなりません。年間3人を採用する計画と、年間10人を採用する計画とでは、その内容も頻度も大きく変わってきます。また、計画を立てていれば、それだけアプローチを早めることもできますし、定期的に計画の評価を行うことで、より実効性の高いアクションにつなげることが可能となります。
「スタッフが辞めてしまってから急いで後任を探す」ということを繰り返していては、いつまで経っても人材を十分に確保・育成していくことはできません。「どのような人材を何人採用する」という計画のもとに、多様な打ち手を着実に実行すること − 。これが効果的な人材採用の基本だと思います。
【退職を防ぐためには】
とは言え、退職者を減らせるのであればそれに越したことはありません。かつては高いということで知られていた介護職の離職率は、現在、他業種と遜色ないレベルまで下がってきています。各事業者のみなさんの努力の結果と言えるでしょう。
離職率を下げるために重要なのは、「なぜスタッフが退職するのか」ということを徹底的に分析することです。そのためには、退職するスタッフからしっかりと話を聞くことが一番の近道です。時には、耳の痛い意見もあるかもしれません。しかし、彼らの声は「施設をよりよくするためのヒントの宝庫」と言っても過言ではありません。
介護労働安定センターの調査によると、前職をやめた理由は、残念ながら「職場の人間関係に問題があったため」が最も多くなっています。人間関係に関する問題の解決は簡単ではありませんが、できることは必ずあると思います。
私は以前、あるIT企業と共同で、AIを使った離職予測のプログラム開発に携わっていたことがあります。その中で、退職に影響を与えた要素の分析を行っていたところ、ユニットリーダーのマネジメント力が大きいということが分かりました。ユニットのスタッフだけではなく、厨房スタッフの退職にも影響を与えるなど、当初の予想を超えた相関関係がいくつも見つかったのです。
退職データの分析は、退職の防止に使えるだけでなく、人材育成においても強化すべきポイントの発見に役立てることができます。また、組織の中でどの施設や部門で退職が多いかというデータは、マネジメント層育成の観点からも有益です。
【適切な採用チャネルを選ぶ】
ハローワーク、求人誌、ホームページ、チラシ、ポスター、学校との関係強化、実習生・ボランティアの受け入れなど、スタッフを採用するために数多くの取り組みが行われています。では、これらのアクションは実際どれほど効果を発揮しているのでしょうか。
介護労働安定センターの調査によると、「現在の法人に就職したきっかけ」として最も多いのは、「友人・知人からの紹介」となっています。
紹介による「リファラル採用」は、法人内でスタッフの紹介を促進する制度を作ったり、知人への紹介のサポートをするサービスが誕生したりするなど、近年注目を集めています。また、採用専用サイトの設置や外国人介護士の採用、スキマ時間でのパートタイム職員の活用など、採用手段は多様化しています。
それぞれの採用チャネルには、メリットとデメリット、得意分野と苦手分野が存在します。まずは、どのような人材に来て欲しいのかを明らかにし、その採用に最適なチャネルを選択し、実行することが大切です。そして、採用活動を行ったあとは、やりっぱなしにするのではなく、コストに対してどれだけの結果があったのかを分析し、次の計画につなげることが重要です。
【パブリシティ・SNSの活用】
2009年、新型インフルエンザ(H1N1)が日本を襲いました。最初の感染者が発見されたのは、私が高齢者施設を立ち上げた神戸。今回のコロナ禍と同じように、町からマスクが消え、衛生用品を手に入れることが難しくなりました。デイサービスは休業、ショートステイも新規の受け入れ停止という措置が行われ、現場はその対応に追われました。
私の施設でも、1人暮らしの利用者の自宅をボランティアで訪問し、安否確認をしたり必要な物資を渡したりする活動を始めました。すると、この様子がテレビやラジオ、新聞など多数のメディアで取り上げられました。
感染も落ち着き、通常業務に戻り始めたころ、法人の求人サイトに異変が起こりました。なんと全国から1500名以上の応募があったのです。その大半は、メディアで私たちの活動を知ってくれた人たちでした。
最近、FacebookやInstagram、TwitterなどのSNSを活用し、情報発信をする施設が増えてきました。まずは、福祉の仕事の魅力や自分たちの取り組みを知ってもらうこと。それが効果的な求人を行うための第一歩になるでしょう。
◆ 人材難時代を乗り切るために
採用に全く苦労しなかった20年前と“介護人材難時代”の今とでは、求人や採用の方法はどれだけ変化したでしょうか?
いまでも「ハローワークと求人誌のみ」、というケースも少なくありません。いまの時代に合った採用方法を研究し、柔軟な発想でひとつでも多くのアクションを起こすことが重要です。
「私は、30人の新しい患者さんに来てもらうひとつひとつのやり方は知りませんが、1人の新しい患者さんに来てもらう方法を30通りは知っています。そして私は、その30通りをすべて実行するのです」
ダン・S・ケネディは著書の中で、歯科医院の患者を集める方法としてこのような例を紹介しています。
介護人材の確保もこれと同じです。あらゆる方法を計画と根拠に基づき実践し、その結果を分析・評価して次の実践につなげる。その地道な繰り返しこそが、過酷な“介護人材難時代”を乗り切る鍵であると私は考えています。