【石山麗子】広がる“人生会議” 本人・家族が置き去りにされていないか、介護職も立ち止まって考えよう
「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」が示されてから、3月で5年を迎えます。【石山麗子】
このガイドラインは、「人生の最終段階における医療の決定プロセスに関するガイドライン」を改訂したものです。タイトルの違いから分かるように「ケア」も対象となり、介護職もここに関わるケアチームの構成員となりました。2021年度の介護報酬改定では、看取りへの対応の充実を目指し、次のことも示されました。
看取り期の本人・家族との十分な話し合いや関係者との連携を一層充実させる観点から、基本報酬や看取りに係る加算の算定要件において、「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」などの内容に沿った取り組みを行うことを求める。
こうした仕組みが整備されたことで、高齢者本人が多職種から必要な情報提供を受け、自分の大切な人も一緒に、将来受ける医療やケアについて考える機会が持てるようになったのは、素晴らしいことです。報酬改定に組み込まれたことは、ACP(人生会議)を推進する強力な要素となっています。
その傍らで、本人やご家族、医療・介護職から、悩みといえるような声も聞かれるようになりました。
専門職から聞かれるのは、
○ 本人の意思の確認や推定が難しい
○ 繰り返し話し合いたいが十分に時間をとることができない
○ 本人と家族がACPに積極的ではない
などの声です。なかにはACPに応じない本人や家族が、問題のある非協力的なケースとして語られる場面も見かけました。
他方、「ACPは行うべきものだ」「意思はあらかじめ決定すべきものだ」という前提で行動する専門職もいるようです。また、医療の選択に関する内容が書かれた紙を渡されて、簡単な説明だけで「話合い」といえるものもないまま記入を求められる状況に、戸惑いと不満を抱く本人・家族もいます。
ACPとは将来の変化に備え、本人を主体に、そのご家族や近しい人、医療・ ケアチームが、今後の医療・ケアについて繰り返し話し合い、本人による意思決定を支援するプロセスです。決定することが目的化したり、文書を残すことで専門職があたかも仕事をしているような状況を作ることは、ACPが本来目指す姿ではありません。
本人が、自分の将来の医療やケアについて考えたいという気持ちがあること、あるいは考えるのが良いという納得があることを前提として行われる支援であり、大切なのはプロセスです。
こういう機会を設けてもらって良かったと思う人もいれば、今はまだ考えること自体がストレスで不安が増幅する、という方もいらっしゃいます。
医療・介護職は経験知が豊富ですから、「今決めるのがあなたのためですよ」と考えて、誘導する意識がはたらくのかもしれません。また、制度の仕組みに組み込まれた途端に、専門職としてのミッションを遂行する行為に陥ってしまう恐れもあります。
多職種がチームで行うACPの有効性は高いと思いますが、多職種チームにセットされた場で行為が先行し、心の奥底にある本人・家族の本音や納得感が置き去りにされる状況が生じていないか、常に専門職は慎重になる必要があるでしょう。まだ将来のことなど聞きたくない、考えたくないという意思を表出できる環境をつくることもまた、大切な意思決定支援のプロセスです。
これまでの日本の文化と照らし合わせて、高齢者がそこに馴染めるのか、もし自分が意思決定する立場なら葛藤なくできるのか、改めて思いを巡らせてみることも大事でしょう。ACPは極めて難易度の高い自立支援の1つである、という認識は必要です。
誰のための、何のためのACPなのか − 。ガイドライン改訂から5年を迎える今、日本人の意識や文化のなかでACPの良さを引き出せるよう、今一度立ち止まって考える時期にきているようです。