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2022年11月16日

高齢者虐待、多様化する要因 デジタル化は何をもたらすか 介護職は何を意識すべきか

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《 左:藤江慎二准教授 右:吉岡幸子教授 》

高齢者虐待の要因や対策などを考える「日本高齢者虐待防止学会」が今年も9月に開催された。第18回目となる今回のテーマは、「多様化している要因と課題」。大会長を務めた帝京科学大学の吉岡幸子教授、同大学の藤江慎二准教授を訪ね、虐待の現状をどうみているか聞いた。あわせて、現場の介護職が持つべき心構えについても伺ってきた。【Joint編集部】

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◆「虐待者を非難しているだけでは解決しない」


  −− 介護現場で虐待が起きる今日的な要因をどうみていますか?


吉岡:何か特定の要因が大きいというより、総合的・複合的なものだと考えています。


これまでの研究で、虐待が発生しやすいケースは色々と明らかにされてきました。介護をされる側なら、例えば重度の方、認知症の方、精神疾患の方などが被害に遭いやすいと報告されています。一方の介護をする側なら、ストレスが溜まっていたり孤立していたりすると虐待者になりやすいことが分かっています。


これに加えて、双方の人間関係も大きな影響を与えるでしょう。在宅の場合、そもそも不仲だったり無関心だったりするとリスクが非常に高くなります。


また、必ずしも当事者だけが問題を抱えているわけではありません。例えば、厳しい経済状況や過度な負担などが背景にあるケースも沢山あります。これらがいくつも重なり合って虐待は生じます。やはり要因は総合的・複合的ではないでしょうか。


藤江:私も同じ認識です。付け加えることがあるとすれば、要因が総合的・複合的なものである以上、単に虐待者を責めているだけでは問題は解決しない、ということです。


施設に目を向けると、働く環境の問題もあると言わざるを得ません。その職場の状況、人間関係、サポート体制、報酬や運営基準といった法制度、職員への教育・研修の有り様、自治体の指導の方法など、本当に様々な要素が絡まりあって虐待に結びついています。


これだけ頑張っているのに、なぜ社会でしっかり評価してくれないのか − 。職員のそんな疑問や葛藤も要因と言えるのではないでしょうか。


  −− 今年の学会のテーマとなった「要因の多様化」とは、どんなことを意味するのでしょうか?

《 吉岡幸子教授 》

吉岡:要因は総合的・複合的だと言いましたが、それが近年はますます多様に、複雑になってきているということですね。社会問題は様々な形で広がってきており、その多くがめぐりめぐって虐待の要因となる恐れがあります。


例えば今年の学会では、高齢者のアルコール依存の問題を取り上げました。他にもギャンブル依存、消費者被害、経済的困窮、孤独・孤立、8050、ダブルケアなど、様々な問題が顕在化してきています。要因の種類、幅が更に広がってきており、1つ1つのケースをより丁寧に見ていかなければいけないという問題意識を持っています。


◆「時代が変われば虐待の形も変わる」


  −− デジタル化という大きな潮流にも懸念を持っていると聞きました。


吉岡:懸念というか、今後どのような影響が出てくるか注視していきたいと思っています。


デジタル化のメリットが大きいことは言うまでもありません。虐待の被害者の立場でみても、例えば相談・通報がしやすくなったり証拠を押さえやすくなったりすることが考えられますよね。


一方で、スマートフォンを使えない人が取り残されて危機に瀕したり、ラインなどで陰湿な精神的虐待を受けたりすることも想定されます。時代が変われば虐待の形も変わる、という視点を持つべきではないでしょうか。我々もどんなことが起きていくのか、懸念しながら見つめている状況です。


中長期的にみると、高齢者のデジタルリテラシーも徐々に高まっていくでしょう。そうすると今度は、例えばお酒をたくさん配達させたりギャンブルにお金を使いすぎたりする人が出てくる懸念もあり、それらが虐待の要因となるかもしれません。なんでもスマホでできるようになれば、それを悪用する親族による経済的虐待などが増える恐れもあります。


藤江:アナログの時代だったら考えられない虐待も起きてくるでしょう。業務負担の軽減などデジタル化には多くの長所がありますし、これから実際に進んでいくのは間違いありません。その中で、負の側面が現れてくる可能性にも注意を払う必要がありそうです。


  −− 高齢者虐待はこれから増えていくでしょうか?


吉岡:それは分かりませんが、虐待を生み出す要因は更に増えていくと推測できます。高齢化、または長寿化と現役世代の減少が同時に進んでいくわけですし、状況がより厳しくなるのではと多くの人が心配しています。


どうすれば未然に防げるのか、個別ケースにどう介入していけばいいのか、それを考えることに学会としても力を入れていきます。

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◆「アンテナを高くして」


  −− 介護職は何をすればいいのでしょうか?


吉岡:最も身近に高齢者や家族らと接し、一番多くの情報を持っているのが介護職だと思います。基本的なことかもしれませんが、ちょっとした変化に敏感でいて頂きたいです。


いつもと何か様子が違う、訪問した家が非常に汚い、以前より痩せてきた、疲れているようにみえる、声に元気がない − 。何かおかしいと感じたら、ぜひ周囲の人に相談して頂きたいです。些細なことへのアンテナを高くして、関係者に情報をつなげていくことが大切ではないでしょうか。


日々の業務に追われるなか、隠れた虐待を見つけることって口で言うほど簡単ではないですよね。ただ、変化にいち早く気付くことができるのは他ならぬ介護職である、ということも気に留めておいて頂きたい。

《 藤江慎二准教授 》

藤江:やはりプロであり続ける、職人であり続けるということが求められると思います。些細な変化に目を向けることって、介護職に期待されている本質的な役割の1つではないでしょうか。


また、施設では職員が協力して体制を作ることも重要です。虐待は一般的に、何の前触れもなく突然起きるものではありません。その前に不適切なケアなどが行われているはずです。


個々の力だけでなく職場単位で、そうした予兆に気付いて対応できるチームワークが必要になるでしょう。不真面目な職員を見つけて叱りつけろ、という意味ではありません。不適切なケアなどが発覚したら、本人も含めて皆で開かれた対話をしていくことで、組織として適切に修正を図ることが大切です。


状況全体をみて要因を解消しようとせず、特定の誰かの責任ということにして問題を片付けてしまうと、結果としてまた不適切なケアが発生してしまうでしょう。もちろん限界はあると思うのですが…。


吉岡:あとは皆さんが心身の健康を保っていくことも大切ですよね。介護は本当に大切で尊い仕事ですが、同時にかなり大変な仕事でもあると思います。社会的な支援が不十分なところもあると言わざるを得ません。無理をしすぎず、ご自身の健康も大事にしながら仕事を続けて頂ければと思います。


藤江:本当にそうですね。責任も重いですし、感情の整理も含めて本当に大変な仕事だと思います。1人で抱え込まず、他の誰かに気軽に相談しながら、職員どうしで助け合いながら、心身の健康を壊さないように働いて頂きたい。


※ 次回の「日本高齢者虐待防止学会」は2023年9月に開催される予定となっている。


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