【高野龍昭】介護人材確保のリアル 人口減少局面で増す難しさ 対応困難な地域も
1.国の新たな推計
私の研究者としての関心のひとつは、今後の人口減少局面に対応し得る介護サービス提供システムのあり方を探ることにあります。【高野龍昭】
その主要な要素の介護人材について、注目すべきデータが7月中旬に厚生労働省から発表されました。全国の自治体の介護保険事業計画などを基に、2026年度と2040年度における介護職員の必要数を算出したものです。
それによると、2026年度には約240万人、2040年度には約272万人の介護職員が全国で必要になるとされています。2022年度の時点では約215万人でしたので、2026年度までに約25万人(+12%程度)、2040年度までに約57万人(+27%程度)の拡充が必要だということです。
この必要数を満たすことができるか否かが、介護サービス提供システムの持続可能性を決めることになります。
2.人口減が加速する中で
介護保険制度が施行された2000年度、全国の介護人材は約55万人と報告されていました。わが国の介護人材は、2022年度までの23年間に4倍近い伸びを示したことになります。
もちろん、その間一貫して人材難が指摘されていましたが、実数としてこれほどの増加を実現してきたわけです。これは、サービス事業者の努力だけでなく、自治体や政府の施策が一定の効果をあげてきたことを示していると言ってよいでしょう。
一方、厚生労働省が発表した今回の数値は、この先、2040年度までの20年弱の間に27%程度の拡充があれば必要数を満たせる、ということを示すものです。これまでの介護職員数の伸びから考えると、一見、悠々とクリアできる範囲だと考えることもできます。
しかしながら、介護関係者の中にそんな考えの人は誰一人としていないはずです。その理由として、昨今の有効求人倍率の高止まりや給与水準の問題などを勘案する人も多いでしょう。私が今後の人材難を指摘する最大の理由は、図1のように、生産年齢人口が2040年度に向けて大幅に減少すると推計されている点にあります。
この図から理解して頂きたいことは、2040年度までに生産年齢人口の約16%の減少が推計されているなか、介護職員は約1.27倍の拡充をしなければ必要数を満たせないということです(本稿ではこれを「名目:必要増加率」と呼ぶこととします)。
さらに、介護職員がすべて15~64歳の人であったと仮定し、生産年齢人口に占める介護職員の比率を目安として示すと、2022年度に約2.9%であるものを、2040年度には約4.4%へ拡大しなければならないということになります。つまり、20年弱の間に実質的に1.5倍を超える介護職員の拡充が必要ということになります(本稿ではこれを「実質:必要増加率」と呼ぶこととします)。
私は、これらの「名目:必要増加率」「実質:必要増加率」ともに、達成することは極めて難しいと考えています。なぜなら、人材不足は今や介護分野だけでなく、農業・漁業・製造業・流通業・サービス業・情報通信業など全分野の問題となっているからです。その中で、介護分野だけがこれだけの人材を確保することは極めて難しいということは、衆目の一致するところではないでしょうか。
この意味で、実践現場の皆さんが最も期待している処遇改善・給与水準のアップだけで介護人材不足に対応できるわけではありません。むしろ、重要になってくるのは、外国人介護人材への期待やICT/DX化による生産性向上などの方だということが言えるはずです。
3.都道府県別にみた介護人材確保
(1)「名目:必要増加率」について
今回の厚生労働省の発表では、都道府県別の介護人材の必要数も示されています。
まず、それをもとに各都道府県における2022年度の介護職員の実数と2040年度の必要数を比較し、その必要数を満たすための増加率を地域ごとの「名目:必要増加率」として算出したところ、図2のように示されました(上位と下位の各10都道府県のみ)。
この上位の都道府県は、後期高齢者の急速な増加が見込まれる地域と概ね一致します。トップは沖縄県となっており、今後20年弱の間に1.6倍近く拡大しなければ必要数をクリアしない状況にあることが分かります。
一方、下位の都道府県は、1970年代から人口の高齢化が進んでおり、今後の後期高齢者人口の増加は限定的な地域がほとんどです。最下位は福井県であり、介護職員の2040年度の必要数は現状を下回ります。
しかし、この「名目:必要増加率」は、各都道府県における生産年齢人口の増減の影響を勘案していません。
(2)「実質:必要増加率」について
そこで、都道府県ごとの生産年齢人口の推計値を踏まえ、「実質:必要増加率」を算出してみました。そうしたところ、図3のように示されました(上位と下位の各10都道府県のみ)。
これをみると、トップとなったのは栃木県であり、2040年度までに介護職員を実質的に約1.84倍の水準まで増やさなければならないことが分かります。栃木県の「名目:必要増加率」(前述)は約1.47倍(2位)ですから、生産年齢人口の減少が介護職員の確保を難しくさせる地域だと言えます。
2位は青森県となっており、実質:必要増加率は約1.83倍となります。青森県の「名目:必要増加率」は約1.22倍(19位)ですから、やはり生産年齢人口の減少がネガティブな影響を及ぼす地域だと考えられるわけです。
ちなみに、東京都の「実質:必要増加率」は約1.46倍(36位)である一方、「名目:必要増加率」は約1.42倍(5位)です。これは、生産年齢人口の減少が極めて限定的であることから、介護人材確保の実質的な難しさが緩和される形となります。
「実質:必要増加率」の下位グループに目を転じると、最下位は福井県となっています。福井県は「名目:必要増加率」も最下位で、約0.94倍とマイナスの数値が示されました。しかし「実質:必要増加率」では、1.2倍ほどの増加が必要になると示されています。これは生産年齢人口の減少幅が大きいことが影響しているためです。
これと同様に、下位グループにおいても、実質的に30%から40%台半ばの増加を必要とする地域が多くなっています。
なお、45位の島根県は2022年度において、「介護職員がすべて15~64歳の人であったと仮定したときの生産年齢人口に占める介護職員の比率」が4.88%となっており、同年度の全国トップの数値です。同県は、それを2040年度に6.64%に引き上げなければ必要数を満たすことができないことになります。しかし、それがそもそも経済学・労働経済学的に達成可能なものなのか、疑問視されます。
これは、下位グループであれば和歌山県にも、上位グループであれば奈良県や長崎県にも言えることです。生産年齢人口の7%近い人が高齢者介護の仕事に就くということが現実的な就業構造として成り立つのか、という問題が指摘できます。
この数値が最も高くなるのは、上位グループの2位となっている青森県(7.75%)で、それに次ぐのは、図表には掲載されていませんが秋田県(7.37%)、愛媛県(6.89%)です。こうした地域では、今後の介護人材確保が特に難しくなると推測できます。
4.まとめ
本稿でみなさんに知って頂きたいことは、「生産年齢人口が減少していく中で介護職員を確保し続けることは極めて難しい」「その難しさには相当な地域差がある」ということです。この意味で言えば、人材確保策のあり方と外国人介護人材への期待、生産性向上の取り組みのあり方にも、地域差が生じるはずだということになります。
介護実践と経営の関係者、そして制度運営にあたる保険者をはじめとする地方自治関係者は、こうしたことを踏まえた人材確保対策を検討する必要があるでしょう。