1. 改正介護保険法と居宅介護支援
今年5月に成立・公布された改正介護保険法には、居宅介護支援事業者と介護支援専門員に直接的な影響を及ぼす制度改正が盛り込まれています。私自身、居宅介護支援の介護支援専門員としての実務、管理者(兼務)の経験もありますから、決して他人事とは思えない改正点です。
その改正は、地域包括支援センターの体制が見直されることなどに伴い、居宅介護支援事業者が介護予防支援事業者として指定を受けられるようになることと、総合相談支援業務の一部委託を受けられるようになることの2点です。
この2点の施行は来年度からです。今後、各地域での市町村(保険者)の考え方などに左右される部分もありますが、いずれも注目しておかなければならないポイントです。
2. 介護予防支援事業者の指定を受けるべきか否か
(1)見直しの経緯
現在(2006年度の改正介護保険法の施行以降)、要支援者のケアマネジメントを担う介護予防支援事業者の指定を受けられるのは地域包括支援センターだけ、となっています。そのため、要支援者のケアマネジメントは、第一義的にはそのすべてを地域包括支援センターが担い、そのうえで、保険者・地域包括支援センターがその一部(または全部)を居宅介護支援事業者に委託する、という体制となっている地域が多数を占めています。
来年度の制度改正をめぐる議論では、地域包括支援センターが繁忙を極めていることが指摘されました。そこで、それを緩和するために、居宅介護支援事業者に介護予防支援事業者の指定を開放し、要支援者のケアマネジメントを積極的に担ってもらうことで地域包括支援センターの業務負担の軽減を図る、という改正が行われることになったわけです。
しかし、これについて、居宅介護支援の経営者・介護支援専門員の間では、「あんなに安価な要支援者の介護報酬では指定を受ける意味がない」「経営がますます厳しくなるだけだ」と敬遠する意見がほとんどのようです。
(2)要支援の報酬の行方
介護予防支援の報酬に関して、大変興味深い資料が財務省の審議会で示されています。
以下の図は、昨年度に実施された厚生労働省の調査研究事業のデータを抜粋しているものです。具体的には、要支援1から要介護5までのケアマネジメントについて、それぞれの介護報酬と労働投入時間(介護支援専門員が利用者1人当たり、1ヵ月あたりのケアマネジメント業務に費やす時間)が示されています。
これをみると、介護報酬は要支援1〜2で438単位/月、要介護3〜5で1398単位/月となっており、その差は約3.2倍となっています。一方、労働投入時間は要支援1で89.2分、要介護5で121.5分となっており、その差は約1.4倍にとどまります。
介護報酬は法令上の規定で、“サービス内容・要介護度などに応じた平均的な費用を勘案して”国が決定することとされています。
しかし、現行のケアマネジメントはどうでしょうか。この資料のデータからは、労働投入時間(サービス内容)の要介護度別の差が約1.4倍にとどまっている一方で、その介護報酬の差は約3.2倍もある実態が示されているわけです。つまり、この資料は、ケアマネジメントの介護報酬が合理的な設定となっていないことを指摘している、と受けとめることができます。
何よりも重要なことは、この資料が財政サイドで最も影響力のある財務省の審議会で示されている、ということです。
このことから、来春の介護報酬改定で要支援者のケアマネジメントの報酬は相当に増額されると予測できる、と言っても良いでしょう。少なくとも、「あんなに安価な要支援者の介護報酬では…」ということにはならないはずです。
ただし、わが国の財政は「財政均衡主義(*)」を原則としていますから、要介護3〜5のケアマネジメントの報酬が減額される可能性もある、ということも同時に予測しておかなければなりません。
* 財政均衡主義=ある分野の支出が増えれば、別のどこかで支出を抑えて全体のバランスをとること
このように考えてみると、居宅介護支援の経営者や介護支援専門員は介護予防支援事業者の指定を受けることを前向きにとらえ、実務的にも経営的にもその準備を進めておくことが得策だと考えられます。
3. 総合相談支援業務の一部委託を受けるべきか否か
同じことが「総合相談支援業務の一部委託の受託」にも言えます。
居宅介護支援の経営者や介護支援専門員の間では、「居宅のケアマネジャーだって忙しいのに…」とこのことに後ろ向きな意見が多いようです。しかしこれは「一部委託」、すなわち「行政からの委託」ですから、保険者と事業者との委託契約に基づいて一定の費用(委託料)が発生することになります。
もちろん、現時点ではその委託料を見通すことができません。実際には、年度末に厚労省から発出される新たな「地域支援事業実施要綱」と、それに基づく各保険者の諸規程や予算の策定を待つ必要があります。
ただ、近年の介護支援専門員の悩みのひとつである「介護保険制度外の支援を本来業務以外に行わなければならない」という点については、この総合相談支援業務の一部委託を受けることで、経営的には一定程度の軽減策になるのではないかとも考えられます。
なによりも、経営の厳しさが増す居宅介護支援事業者にとって、貴重な増収策となる可能性があるはずです。
4.「生産性の向上」についての課題
来年度から3年間の介護報酬や運営基準などが明確になるのは、厚労省の審議会の議論がまとめられる来年1月になります。そのなかで、居宅介護支援をめぐる議論として私が注目していることは、科学的介護情報システム(LIFE)に関連する加算などが設定されるか否かという点と、2021年度に導入された逓減制の緩和がいかに扱われるかという点です。
政府の医療・介護DXの施策の流れをみる限り、居宅介護支援を含む訪問系サービス事業者についても、LIFEの利活用が介護報酬によって誘導されることになるのは間違いないでしょう。そして、そのことはケアマネジメントの現場の実務でICT/DX化が進んでいなければ実現しないはずです。
これに関連して私が最も気になっていることは、現時点で居宅介護支援事業者が「逓減制の緩和」にさほど取り組んでいないことです。実際、厚労省の調査研究のデータをみると、逓減制緩和の適用を「ICT機器などの活用」という要件で受けている事業者は、昨年9月サービス提供分で約9%にとどまっています。
逓減制の緩和は、居宅介護支援事業者が生産性向上にいかに取り組んでいるかどうかの指標と言ってもよいでしょう。まさにICT/DX化と表裏一体の関係にあります。このことは、昨今の介護支援専門員の人材不足への対応にもつながるはずです。さらに言えば、介護保険制度における生産性向上やICT/DX化の推進は政府の重要施策となっていますから、この逓減制緩和は、2024年度の介護報酬改定でも推進・拡大されるはずです。
居宅介護支援事業者・介護支援専門員は、本稿で触れた点を踏まえながら、来年度以降の経営・運営の準備を進めて欲しいと思います。