前回の2021年度の介護報酬改定で実施された居宅介護支援の逓減制の緩和。事業所の収益向上、介護支援専門員の処遇改善という意味合いもあった施策だが、事業所の対応はまちまちだ。様子見を続けて動かないところも多い。【Joint編集部】
「実際に取り組む意義は大きいが、一定のルールの下で運用していくことが重要」。
株式会社マロー・サウンズ・カンパニー(千葉県市川市)の田中紘太代表はこう語る。38人ものケアマネジャーが所属し、居宅介護支援のみを展開する事業者としては国内最大級のこの会社では、逓減制の緩和にどう向き合っているのだろうか。
田中代表に語ってもらった。実務的な運用の仕方から始まった話は、徐々に今後の制度のあり方へと移っていく。
◆ 任意の手挙げ制を採用
−− 逓減制の緩和をどう活かしていますか? 今の実施状況を教えて下さい。
6ヵ所ある全ての事業所で緩和の届け出を済ませています。弊社では以前から、全員がスマートフォンを持ってクラウドを介した仕事をしていますので、要件のICTの活用は最初から満たしていました。更に事務専門の職員も配置しており、その要件もあわせてクリアできています。
−− 全員が40件以上持っているんですか?
いえいえ、そんなことはありません。例えば40件以上担当しているケアマネの割合は、全38人中おおむね25%くらいです。
40件以上持つか否かは手挙げ制。会社が無理やり持たせるものではない、というのが私の考えです。そうしないと職員が疲弊し、やがてパンクしてしまう可能性が高いのではないでしょうか。
当然、40件以上持つケアマネには相応の手当を支給します。まずはスタッフの希望を確認し、そのうえで実際に任せるかどうかは、その人の知識・スキルも含めて会社が総合的に判断します。
実際に任せた後も、これまで通り問題なく仕事ができているか定期的にチェックしています。こうした運用をした結果、44件まで担当しているケアマネが25%ほどいる状況になりました。
−− 立候補しない職員さんの理由ではどんなものが多いですか?
色々ありますが、例えば小さなお子さんを育てている、親の介護を担っているなど、現状ではあえて負担を増やさずに働きたいと望むケアマネも少なからずいます。
◆「しっかりした書類作成が大前提」
−− 経営者としてケアマネに対し、できるだけ多くの件数を持つように促していますか?
うちは単独の居宅介護支援事業所ですので、やはり個々のケアマネに一定の件数を担当してもらう必要があります。ただ、それ以上の無理な要求はしていません。事業所としてある程度の余力を持っておくことも大切だと考えています。
例えば、多くのケースを持っているケアマネが急に働けなくなることだってあるでしょう。日頃から個々の職員の状況を把握し、過度な負担がかからないようにしているからこそ、何かあった時に皆でカバーし合えると思っています。
−− 希望したケアマネに40件以上を任せる、任せないの判断はどんな基準で行っていますか?
まず、必要書類をしっかりと作成できていることが絶対条件です。抜け漏れが多い、記録に不備がある、といった状況では認めません。
あとは残業が多くないか、ご利用者様、他の事業所様からの苦情はないか、なども判断材料にしています。
多くの件数を担当しているからといって、サービスの質の低下を招くようなことがあってはいけません。ですから40件以上を任せる場合は、知識や経験のほか、書類作成のスキル、周囲の関係者と良好な関係を築けるかどうかもみます。それがサービスの質の向上、より良い支援につながると考えています。
◆「どの保険者よりも厳しい基準で」
−− さきほど、40件以上を任せた後も定期チェックを行っているとおっしゃっていました。
はい。定期チェックは全てのケアマネが対象ですが、多くのケースを抱えている人の場合、その分だけきめ細かくみるようにしています。
半年に1回の社内監査で、事務職員が全ケアマネの書類を調べます。書類に抜け漏れはないか、日付の整合性はとれているか、印刷漏れはないか − 。これらを確認していき、不備がある場合には個別シートを作って各ケアマネに改善点を伝えます。改善が見られない場合は指導の対象となります。
−− 書類作成の考え方というか、社内ルールのようなものはどのように設定していますか。
それは単純で、これまで関わったどの保険者よりも厳しい基準に設定しておく、ということを基本にしています。
弊社は6事業所ありますので、所在地の保険者ごとのルールに従って慣れてしまうと、急に厳しい要請をされた時に対応できません。ですから我々は、保険者を超える最も厳しいルールを設けて仕事をすることにしました。
やはりケアマネにとって書類作成は“きほんのき”。ケアプランをはじめ多職種に交付する書類も多いですし、どこに出しても恥ずかしくない書類を作成しなければいけません。ケアマネとしてプライドを持って「まず書類をしっかりやろう」、というのが弊社の方針です。
◆「闇雲に緩和するのは危ない」
−− 逓減制の緩和を更に進めるべき、という意見も出ています。今後の介護報酬改定でも論点になりそうですが、田中さんはどんなご意見をお持ちですか?
なかなか難しいところですよね。やはり現場の状況に対応していくため、更なる緩和に踏み切らざるを得ないのではないでしょうか。
例えば我々が仕事をしている東京や千葉(江戸川区、浦安市、市川市など)で言うと、周辺の他事業所もパンパンに利用者がいてなかなか新規を受け入れられていません。包括が必死になって探した結果、ケアマネが見つかるまで2ヵ月もかかったなんて話もあるくらいです。
また地方では、ケアマネがそもそも全くいない地域も増えてきました。ケアマネ不足は既に深刻で、今後を考えると逓減制も含めた基準の緩和が求められると思います。そうでないと介護保険を運用することができなくなってしまうでしょう。
−− 厳しい状況ですね。
そうなんです。一方で、闇雲にどんどん緩和していくというのも危ないなと思っておりまして…。「逓減制なんていらない」という声も一部にあるようですが、それは少し乱暴な話ではないでしょうか。
ケアマネジメントの質を客観的に評価するのは非常に難しいことですが、多くのケースを持てばその分だけ1人の高齢者にかけられる時間は短くなります。ICTの活用などはかなり有効ですが、それも限界があるでしょう。
少なくとも、利用者が不利益を被るようなことは絶対に起こしてはいけません。ですからやはり、一定の要件を設けながらの更なる緩和を検討していく、という流れになるのではないでしょうか。
◆「ケアマネに還元される仕組みを」
−− どのような要件が好ましいとお考えですか?
それは難しいですが…。大切な要素は、地域によって介護ニーズや人材不足などの状況が大きく異なるということではないでしょうか。そうした実情を踏まえつつ、注意深く検討していく必要があると思っています。また、多くの利用者を抱えているケアマネに対して、点検など事後的な評価をよりきめ細かく行っていくことも良いかもしれません。
そして、多くのケースを担当して得られる報酬をケアマネに還元する仕組みも不可欠だと思っています。
頑張ったケアマネが見返りを得られずに疲弊する一方で、事業者だけが潤っているという事例を実際に見聞きします。現場のケアマネにしっかりと還元していく仕組みを作らなければ、人材不足がますます加速してしまうでしょう。
ケアマネの満足度を上げて、働く意欲の向上につながればという思いから、弊社では担当件数手当のほか、認定調査手当、加算取得手当など、現場のケアマネが頑張った分だけ評価され、本人に還元される仕組みを作りました。これらが事業所全体の質の向上につながればと考えています。事業所全体の質が保たれることにより、地域の介護サービスの質の向上に少しでもお力添えができたらと思っています。
−− ありがとうございました。